プロフィール

かつまたみつえこんにちは

みなさんとご一緒に子どもや若者、障がい者、高齢者が大事にされる街。

みどり輝く文化の街。平和な川崎をめざして、3期12年全力をあげてきました。

「みなさんの声を市政へ」ひきつづき頑張ります。

略歴

1953年愛媛県八幡浜市で生まれる。大阪千代田短期大学幼児教育学科卒業。光明幼稚園教諭、川崎市立東桜元小学校教諭など勤務。保育園父母会長、学童ホール父母会長、生田高校PTA役員を歴任。現在、川崎市議会議員(4期)。市議会文教委員会委員。党市議団副団長。家族は夫と1男3女、上麻生在住。

かつまたみつえ人間らしく
生きられる社会に

かつまた みつえ生い立ち・原点

「ヒマワリのようにまっすぐで明るく元気」な人

1953年、愛媛県八幡浜市で生まれました。父親はすだれつくりの職人で、生真面目な人。母も働きながら子育て。4人兄弟の末っ子として育ちました。

小中高と無遅刻無欠席をとおし「まじめで元気」。高校ではその「まじめさ」がかわれたのか、3年間クラス委員を任されました。

平和の党だからー日本共産党に入党

戦争中や戦後の荒廃していた時代。貧しい漁村で食べるものも十分でない暮らしをしていた父と母の話を聞き、幼い心にも戦争のない社会、豊かな社会を望むようになっていました。平和を求め、社会を良くしていこうと活動する先輩や友人の姿を見て、大学1年の時に日本共産党に入りました。

幼稚園で、組合をつくる

幼稚園の運動会で大阪で幼稚園の先生になり、大好きな子どもたちと楽しくすごす日々。

ところが幼稚園はワンマン経営。健康保険もなく、有給休暇もない職場でした。

「これではよい保育はできない」と労働組合をつくり交渉。健康保険に加入し、足りなかったおもちゃや絵本なども揃うようになりました。(写真:幼稚園の運動会で)

結婚、上京ーー川崎で小学校の先生に

23歳でしんぶん「赤旗」の記者と結婚。川崎の小学校の教諭を経て日本共産党に勤務。10年間団地・マンション相談室長を務め、家賃の減免などに尽力しました。

働きながら4人の子育て

若い頃家族でハイキング保育園の父母会に参加するときは、4人分の夜のお弁当を作っていきました。学童保育の会長も務めました。「お兄ちゃんがわざとお腹を出して熱をだし、甘える」ということもありました。子育ては楽しかった。(写真:若い頃家族でハイキング)

命を育てた母親は絶対子や孫を戦場に送りません

愛おしい子ども、孫たちを、そして、若者たちを「再び戦場に送ってはならない」というのが教師を務めた私の原点です。「平和の憲法9条守れ」の先頭に立ちたい。

市議会議員となり、地域を回って、少しでもお役に立てたらうれしい。「誰もが住んでよかったという川崎」をめざして皆さんと共に頑張ります。